井出クニ

立教三十年大祭(昭和12年、1937)当時のお姿

明治から昭和初頭にかけて圧倒的な霊能を持った不世出の神人(しんじん)がいた。

井出クニ(1863~1947)である。

世に霊能者の類は多いが、クニはほとんど無名である。

それには理由がある。

兵庫県三木市別所町高木に朝日神社(あさひじんじゃ)を創設し、そこを中心に有縁の人を対象に教えを説いていたものの、対外的に教化活動を行わなかったからだ。

だが、その霊能は圧倒的に際立っており、古今東西においても間違いなく第一級の霊的人物であったと断言できる。

霊視(れいし)・千里眼(せんりがん)・病気治し・予言などクニの霊能は多彩で抜きん出ていた。


Wikipediaでは「井出国子」として紹介されています。

井出国子 – Wikipedia









「どうか、震動を見せてください」

クニの霊能は、多彩で抜きん出ているが、中でも特筆に価するのが<震動>であった。

「どうか、震動を見せてください」と請われると、クニは障子(しょうじ)の桟(さん)に手を当てる。

すると、その障子が震えたかと思うと、たちまち家の柱や壁が地震のように揺れ、ついには家全体が今にも倒壊しそうな大きな屋鳴りとともに激震するというのだ。

家の中でクニの様子を見守っている者ですら、あまりの屋鳴りと震動に怯えて、思わず立ち上がったり、戸口や戸外に逃げ出す者もいた。

朝日新聞の元記者で共同通信社の支社長でもあった芹沢真一(せりざわ しんいち、作家・芹沢光治良の実兄)は、何度もその現場に居合わせていたが、それでもその都度、あまりの揺れに恐怖を覚えたという。

その様な信じがたい現象を、クニは普通の家はもちろん、神殿でも行っていた。

しかも、老婆の身であったにもかかわらず、時と場所を選ばず、相手の求めに応じて、必ず起こすことができたというのだ。

まさに前代未聞。

クニの超人ぶりの一端が、おわかりいただけるのではないか。


こんな話もある。

「遠慮(えんりょ)せず、押せ」と命じられた力自慢の軍人が、座っているクニを物凄い気合を込めて力いっぱい押したことがあった。

すると、その瞬間、男らは空(くう)を切って部屋の隅(すみ)まで飛ばされていった。

さらに、隣の人の肩に手をかけて数珠(じゅず)つなぎになった大勢の中のひとりに、クニが震動を与えると、連鎖(れんさ)反応的に次々と全員が震動を起こしたという。

それも、普通の生易(なまやさ)しい震動ではない。横倒しになったり。飛び上がって空中で衝突(しょうとつ)したりする者が続出し、クニがその震動を止めない限り震動は止むことがなかったのである。

何らかの「気」を起こしていたとも思われるが、いずれにせよ並みの人間にできることではない。


怪力で思い出すのは、天理教の教祖・中山みきが、やはり異常に力が強かったことである。

クニは、みきと密接な関係があるが、みきがクニのように震動を起こしたという記録は残っていない。






井出クニ 年譜

教祖クニ(親様)の生い立ちについては、資料として伝えるものは限られており、したがって必ずしも正確とは言えない面があります。

文久三年(1863年)

七月二十四日、父吉永佐之助(「亀吉」は鋸作銘と思われる)、母たつの長女として旧三木町に生誕。

長男 吉永房吉

長女 吉永くに

次女 吉永ちか 


明治元年(1868年)5歳

母たつに連れられて、兵神大教会(当時は神明組)の三木支教会に頻繁に参拝している。

そこで、女鳴物(楽器)を覚える。


明治八年(1875年)12歳

父 吉永佐之助 死亡(60歳) 


明治十八年(1885年)22歳

結婚する(父、佐之助の鋸鍛冶弟子、秋田源吉を婿養子として迎えて跡をとる。源吉との間に3人の男の子を出産する)。吉永家は、代々播州の鍛冶屋であった。(「源吉」は鋸作銘かと思われる)

長男 吉永清太郎(87歳没)妻みの(旧姓大野、父大野源次、母ミサの次女)

次男 吉永平吉(84歳没)

三男 吉永作太郎


吉永清太郎の長男吉永義一(68歳没)、次男吉永重雄(85歳没)、三男吉永貴義(35歳没)

吉永清太郎の次男重雄の出征の様子。左端に立つているのが清太郎。

明治二十七年(1894年)31歳

はじめて、神様の体験をする。


明治三十三年(1900年)37歳

親神様の命を受け、夫の吉永源吉と三人の子どもを残して井出千太郎(仙蔵)の許にゆく。


明治四十一年(1908年)45歳

クニの身体を、神様の御用として使用するための問答が、くにと井出千太郎との間で行われる。

同年神懸かり給わる。五月六日から十月二十六日までの間は、唖(おし)と盲(めくら)と両手が引っつく現象を経験する。


明治四十二年(1909年)46歳

八月十五日月見の日、天より火柱が降りてくる。

朝日神社では、この地を聖地として今でも祀っている。

現在は、小石を積んで〆縄を張り巡らされたところ。

幼少からくにに親しく教えを受けた朝日神社代表の神沢道一氏。くにの起こす奇跡を目の当たりにした生き証人でもある。後方にあるのが根本聖地・火柱である。

明治四十三年(1910年)47歳

三月十八日に、お助け場所が落成。

同年三月二十六日、三木の人たちと共に伊勢参りの途中で天理に立ち寄る。

七月、日本廻回に出立する。


明治四十四年(1911年)48歳

天理教管長に書状を送る。しかし、返事はない。

(後日、天理に赴き書状は取り戻す)

受取人名│奈良懸丹波市三島 天理教會 中山新冶郎氏 

明治四十五年(1912年)49歳

天理教管長に、二度目の書状を書簡で送るが返事がない。


大正五年(1916年)53歳

八月十四日、天理教会本部の教祖殿で、参拝中に暴行される。

天理教三十年祭の年に本部に行ったが、教祖殿の廊下から引き摺りおろされる。その時の破れた着物姿のクニ。

大正七年(1918年)55歳

十二月二十一日、くに、芹沢真一と初めて会う。

芹沢光治良の仲介で、井出宅に初めて訪れ、震動現象を目の当たりした彼は即座に帰依する。


芹沢真一 大正七年にくにに初めて会って以来、その信奉者となり貴重な記録を残した。

大正十一年(1922年)59歳

七月十五日「二世御かぐら歌」三下り三十首発表される。

二世御かぐら歌│全

昭和六年(1931年)68歳

第二次世界大戦勃発を予言。


昭和十一年(1936年)73歳

神殿の普請にかかる。完成後「朝日神社」として登記される。


昭和十四年(1939年)77歳

四月六日、大祭を兼ねて、盛大なる喜寿(きじゅ)のお祝い。


昭和十五年(1940年)78歳

十一月九日、井出家の境内に御宮を建設(紀元二千六百年)


昭和十六年(1941年)79歳

六月、宗教法案改正のため、厳命により止むを得ず、井出家を(天理世界教)と命名される。


昭和二十年(1945年)82歳

第二次世界大戦終結。


昭和二十一年(1946年)83歳

四月六日、宗教法人令に依り「朝日神社」とする。

この時に、井出家の全財産を朝日神社へ寄附。

中央に座っているのが親様(井出クニ)、その右隣がクニの長男である吉永清太郎。

昭和二十二年(1947年)84歳

八月六日 天界の神の座に去る(午後三時過ぎのこと)。

九月六日 逝去(人として息を引き取る)。

三木の純米酒 稲見酒造

播州朝日神社

〒673-0435

兵庫県三木市別所町高木817

東京朝日神社

〒125-0054

東京都葛飾区高砂八丁目1番19号



 みのこゝろゑ

みわけきゝわけこゝろのかみわけ みずとひとはかぜにそう かぜはこゝろにいきにそう

日々うつる かがみのみち おもうこゝろにとりわけて つらしをわすれ 

よろこびを 日々つめば てんよりのみとくをさずけくだれば 心のほこり はらいけり

うれしうれしに日をおくり はんじょうのもとに まもりおく

(原文のまま)


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蔵元~稲見酒造株式会社様(兵庫県三木市芝町)

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商標葵鶴は、京都松尾神社の神紋「葵」と瑞鳥「鶴」をあわせて命名されています。

葵鶴のお酒はすべて国産米100%です。

稲見酒造様が、丹精込めてお造りになられた三木のお酒を是非ご賞味ください。

(稲見酒造株式会社/公式サイトより)


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2020年12月10日策定

井出クニの玄孫

吉永 一

千葉県千葉市花見川区在住

以 上


親様のおうた

にこにこと

朝のよろこび

よいえびす(恵比寿)

ふくの神とは

今日のよろこび


何事も堪忍が福の神 楽しみや


Wikipediaでは「井出国子」として紹介されています。

井出国子 – Wikipedia