天理教教祖中山みきの墓地で

明治四十三年旧三月二十六日、伊勢参りの途中、立ち寄った天理教本部の教祖、中山みきの墓地の柵につかまった途端に、みきの御魂が親様クニに乗り移ったという。

同年七月から「日本廻国(にほんかいこく)」として兵庫県内の天理教教会を巡って、自分(親様、井出クニ)が中山みきの再生であることをなどを主張したが、気が違っている者として扱われていた。

大正五年に、神からクニに啓示があった。

それは、「天理教三十年祭に、神が五日間だけ表に現れること」になっているが、本部の前に神の姿を現さなければ神の言葉(予言)が「嘘」になるから、「どうか、その方、天理教本部の神殿に姿を現してくれ」と頼まれたというのである。

そので、二月十八日(旧一月十六日)から二十二日までの五日間、本部へ出向いたが、気狂いだとか、稲荷憑(いなりつ)きだとか言われて、殆(ほとん)ど相手にされなかったが、天理教神殿にたまたま居合わせた信者十数人に対し<振動>を与えて、全員を跳ね飛ばしていたと語り継がれている。

その後、二十三日に中山みきの生家前川家にも出向いている。

同家の裏にまわりこみ、そこで拍手を四つ打つと、不思議に身体が飛び上がった。

そのまま、前川家の座敷に上がり、あたりを見回しているうちに、クニは懐かしさが込み上げてきたのか、しくしくと泣き出した。そして、中山みきの姪(めい)で、みきから可愛がられていた前川静子を相手に、「お前にこう言っておいたことがある。あぁ言っておいたこともあった・・・」などと静子本人でしか知りえないことを語り出したが、すべてその通りであったという。

そしてクニは、すっくと立ち上がり、「唐天笠はまだおろか、広い世界の隅々までも救い上げるのが神の行・・・」と歌いながら舞い始め、踊り終わると同時に、座敷の真ん中で大の字になって失神した。

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