生死にかかわる大事件

信者様の記録から、親様の教えを読み解きます。


お詣りの利益。親様は「地場を踏むだけでも徳をお授け下さる」と約束されている。

さぞかし沢山(たくさん)の徳をいただいてお帰りになられたのではないかと思う。

例年のことながら、今年も帰播させていただいたが、目の当たりに見せつけられたお詣りの利益や不思議な経験話をお聞きしたので、これ等(ら)のことをお伝えしたいと思う。


東京下谷在住の柏倉夫妻は、そのご両親時代からの熱心な信者で、「道灌山(どうかんやま、東京都荒川区西日暮里四丁目にある高台)の浪花さん」と呼んだ方が通りがよいのではないかと思う。柏倉氏のきょうだい(姉妹)は申すに及ばず、そのお子さん方も熱心な信者です。

特に、柏倉氏のご長男世一君は、青年部創立の一人であって、先導役をやっていただいている。同君はここ数年来、春秋二季の大祭には必ず帰播している。

たまたま、柏倉夫妻と雑談をしていた時、「倅(せがれ)世一が自動車で播州に行くから、一緒に行かないかと誘われた」という。免許を取って一年ばかりで、長い道中が心もとないと思って断ったと笑いながら話されたが、のちに柏倉夫婦の生死にかかわる大事件になろうかとは、神ならぬ身の知るよしもない。


世一君は四日の夜、友人と二人、新車で播州へ向かった。世一君の弟君も新たに買ってもらった大型の単車に乗り、船を利用し神戸に上陸し播州へ向かった。

一方の柏倉夫妻一行は、五日午後四時過ぎに神戸から八台のハイヤーを連ねて神社に到着した。皆は、早速神前や御お墓のお詣りを済ませて、それぞれに与えられた宿舎に落ち着いた。

世一君は、既に到着しており、私たちを「やあやあ」と元気な姿で出迎えてくれた。世一君は、両親を出迎えるや否(いな)や、前夜起こった自動車事故を報告した。それを聞いたお母さんは気が動転して暫(しばら)く泣き止むことができなかった。


四日夜に東京を発った世一君は、東名高速、名神高速を順調に走行し、滋賀県大津市に入ってきたが、時間が早かったこともあり比叡山越えで京都入りし播州へ向かおうとした。

あいにく叡山バイパスが夜間通行できなかったこともあり、止む無く浮見堂近くまで戻ってきた矢先事故が発生した。車が蛇行したかと思うと、三転して崖下に転落してしまったのことだ。車を見ればペチャンコになって見る影もない。ところが、これほどの大事故にもかかわらず運転していた世一君は軽い肩の打撲で、助手席にいた友人は左手甲のかすり傷で済んだという。目の前の無邪気な二人は、昨夜大事故を起こした人達かと疑うばかりの元気さだった。


普通なら、「わざわざお詣りに行ったのに、こんな事故を起こして」といって笑う人もいるだろう。しかし、息子の薦(すす)めに従って柏倉夫妻が同乗していたらどうなっていただろうか?生きていただろうという確証はない。世一君ら二人のほぼ無傷だったということといい、信仰者から見れば、親様の御加護、お詣りの利益だとしか考えようがない。


ポンコツになってしまった新車の損害は六十五万円。保険金が交付されたのは僅(わず)か十五万円だったという。損害は馬鹿にはならないものではあるが、お金は働けば必ず取り返すことができる。片輪になったり、命があったことだけでも神に深い感謝の意を捧げねばなるまい。

(「誠心」昭和四十七年九月十五日発行)