日本廻国

この写真は、神さんに連れられ天理教会を日本廻国した時の姿であります。

この写真は、日本廻国をしました時、行きました天理教会でいろいろと書き記した帳面であります。


日本廻国をしました時、教会で酷(ひど)いことを言われまして、もうどうしようかとつじで 泣いておりました時、警察の署長さんに助けてもらい、寺前の駅まで送っていただきました。

天理教日本廻国をいたすといって天理教をまわりますと、天理教会では誠に向こうが妙なことを申して、いろいろなことを言い出し帳面にいろいろなことを書きまして私は実に困りました。

生野銀山天理教の分教会に参りました時に教会の人が申すには、天理教会日本廻国をすれば沢山お金がいる故、家に帰りそこの教会の会長さん金を上げて 会長さんの袋持ちをせよと言うて突き飛ばさんばかりでした。

それから、神さんがあるともないとも、ちいとも分からん。これはもう死んでしまうおうと思い、川の淵に立つたが死ぬことも出来ません故、宿屋に泊まり、あくる日は但馬とよ川分教会へ参りました。そこでは別に、何とも言わずに帳面に書いてくれました。そして親切に申してお茶をくんでくださいました。

それからあくる日、城崎の温泉へ参りました。

さすれば、前に暴れにきたもののことなどから 裁判所より私に出よとの指し紙がつきまして、そして 私が但馬の城崎まで行っておりましたら、「明日裁判 是非帰れ」と城崎の宿まで電報がきました。

そしてあくる日に帰りまして、兵庫予審裁判にかかりました。それは明治四十三年七月十四日でございます。只今では井出くにですけれども、その時は吉永くにであります。

その時の電報は写真に写してご覧にかけますから、哀れと思うてご覧ください。

(続く)