芹沢真一

芹沢真一  せりざわ しんいち

芹沢光治良の兄。大正七年に井出クニに初めて会って以来、その信者となり、貴重な記録を残した。


「誠心」より 神さまのこと

神さまことは、むずかしいことです。書くこと以上に、考えたり、行ったり、悟ったりすることも大変です。

心のはらいを唱える意味は、無限の広がりを持っているように思いますが、その意味を腹におさめ、毎日を祈って通ることは、とても出来そうに思いません。

私は、自分の考えたことを軸にして、ああでもない、こうでもないと書いています。しかし、肝心はことは、すべて神様のお言葉と、「みの心得ばなし」「みかぐらの歌」を中心にして、筆を運んでいます。

そこで、この際、私だけが聞いたか神様のお言葉をいくつかならべることにします。


この宇宙には何もないぜ。あるのは振動だけや

釈迦もキリストの日本で死んだんや

天界は、地球から余り遠いところではないぜ


昭和十八年、九年頃、神さまご上京のときのお言葉です。

こういう思いがけないお言葉に対し、私は質問したり、反駁(はんばく)したり、ある程度問答しました。

終戦後のお言葉


人は神だと教えはしたが、神はあることはあるぜ

芹沢さん、あんたがこれから勉強して、どんなに偉くなっても、神さんの道だけは通られんぜ


神さまが、最後に私に言われたお言葉

芹沢さん、わしのようなものを神さまだと思って、長い間、よくたずねてきてくれてありがとう。この通りだぜ。

と言って、両手を合わせて私に頭をさげられ拝(おが)む姿勢をとった。そして、私が立ち上がって神さまから離れようとすると、

芹沢さん、神さんのこと、頼んだぜ

このことは、昭和二十二年七月九日午前十一時、神殿の神さま火鉢の場所。私はこのあと、神さまのお言葉を聞いていません。

以上のお言葉をあげたのは、神さまは、いつでも地球のそと、余り遠くないところにいて、人間のために祈っていることを説きたいからです。そして、終戦後のお言葉は、神さまが四十年、人を神にして通った一つの例であり、人を神にして通ることが、人間にとってどんなに大変なことかを考えるために取り上げたものです。

私は「心のはらい」というものは、天界の神と地上の神の祈り合い、話し合いのように思います。それがどういう意味かを書くと、何冊分かの本になるように思います。

しかし、私は、神さんの道だけは通られんと、神さまが宣告されましたが、神さまが四十年、毎日人を神にして通った道すがらが、神さまの道だと思って、通られんといわれても、人を神にして通りたいと、毎日祈っています。

私にできることは、とにかく祈って通ることだけです。

(一九七二年八月一〇日記 芹沢真一)

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