芸者になりなはれ

その日は若い女が、悩み事相談でやってきた。

その女と対面するなり「あんた、旦那に内緒で家を出て来たな」

女が頷(うなず)くと、

「旦那に内緒で家を空けるのはあかんぜ。そうか、あんたの住まいは明石と違うか?そうか、やっぱりなぁ。あんた生まれたところは、ここからそんなに遠い所ではないなぁ。親たちに旦那との別れ話を相談しに来たんやな。それはあかんぜ」

女は、黙って頷(うなず)くはかりである。

「旦那が芸者遊びして家に帰ってこんのは、あんたがあかんのや。あんたも、これから旦那の芸者になりなはれ。何も難しいことやない。毎晩、お膳に徳利二本に肴(さかな)をそえておけばええんや。あんたも髪形を整え、きれいにお化粧しておきはなれ。そうすれば御利益があるぜ。御利益をたくさんくださるのは、あんたの旦那はんや」

そこまで聞くと、その女はお供えを置こうとした。

クニは、それを差し止め、「大丈夫や。汽車には間に合うぜ」と言った。

その女は内心、帰りの汽車の時間を心配していたのである。

「心配せんでもえぇ。今日は汽車の方が待ってくれる」

その日、汽車は定刻よりも七分遅れで発車したので、女は間にあったことはいうまでもない。


親様は、単なる占い師ではなかった。

相手の情報を聞き出した上で判断するでもない。相手を前にしただけで、その全てがわかるのである。