初めての神懸かり

明治三十三年、三十七歳で家(吉永家)を捨て、鍛冶屋の井出仙蔵の家に押しかけて井出家の人となったが、クニが初めて神懸かりになったのは、明治四十一年旧三月六日、四十五歳のときである。

クニに憑(つ)いた神は、夫の仙蔵(千太郎)に「お前の女房の身体を二十年神の体として借り受けたい」と迫ったという。仙蔵が「貸さぬ」と断ると、「貸さぬとあらばこのまま」といって、クニはそのまま数時間、脈拍も呼吸も途絶え、身体が冷たくなるなど死人同然になった。

驚いた仙蔵が「お貸し申します」というと、三遍念を押して仙蔵の意向を確かめたうえ、やっと身体が元に戻ったという。しかしその後、身体がガタガタと震えてばかりおり、時として身体が一尺ほども連続して飛び上がるなど、一種の憑依(ひょうい)現象に見舞われ、眼が見えなくなる。

ところが、翌日になると、眼が治っていた。喜んだのも束の間、今度はものが言えなくなった。そのうちに盲目(もうもく)になるなど、奇怪にも盲目と聾唖(ろうあ)の日々が交互にクニの身の上に現れたのである。さらに耳元では誰かが「助けてくだされ、助けてくだされ」と囁(ささや)く声が聞こえ出した。そのうち両方の掌(手のひら)が合わさったまま取れなくなるといった奇怪な現象が三度にわたって起こった。大の大人がクニが合掌する両手をいくら引き離そうとしても取れないのだ。

「こんなことなら、何なりと人さまの役に立つようの助けさせて頂こう」と決心した途端、クニは神と化した。不思議な霊的諸能力が身に備わったのある。

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